前の10件 | -
みどり・緑・MIDORI [活動いろいろ]
相変わらず天気の変わりやすい今日この頃ですが、木々の緑は日々色濃くなっていきます。そんな季節を感じてみようと、一昨日(5/15)、地元の障害福祉サービス事業所で、緑をテーマにしたワークを行いました。同所で2回目のワークショップです。(→1回目の様子はコチラ)
はじめにいろいろな種類の葉をさわったり、においをかいだりして、生きた緑を感じてもらい、それからフロッタージュ(こすり絵)や描画を行いました。フロッタージュは、こすり出しにちょうどよい力加減が難しく、強くこすりすぎる方もいましたが、葉脈の凹凸のはっきりした葉だと、相当力を入れても模様が浮かび上がり、その瞬間、「オッ
」という感じで表情が変わります。
生の葉を直接台紙に貼りつけていくワークは、多くの方に楽しんでいただけた様子。ふだんあまり画面いっぱいに描きこまない方が、1時間近く集中してビッシリと台紙に葉を貼り込んだことに驚いていた職員さんもおられました。日々参加者の方々に接している施設職員の皆さんにとっても、参加者の違う一面にふれる機会となっているようで、新鮮な発見をされることも多いようです。
緑をテーマに選んだのは、季節柄もありますが、前回のワークで緑や薄いブルーを多用した参加者が多かったということもあります。緑にもいろいろなトーンがあること、また植物の葉を通じていろいろな大きさや形、触感を感じていただければと思ったからです。
次は6月。おそらく梅雨入りしているでしょう
なるべくその時々の季節や自然を取り入れたワークをと考えていますので、何をテーマに、どんなワークをしようか―今から考えをめぐらせています。
生の葉を直接台紙に貼りつけていくワークは、多くの方に楽しんでいただけた様子。ふだんあまり画面いっぱいに描きこまない方が、1時間近く集中してビッシリと台紙に葉を貼り込んだことに驚いていた職員さんもおられました。日々参加者の方々に接している施設職員の皆さんにとっても、参加者の違う一面にふれる機会となっているようで、新鮮な発見をされることも多いようです。
緑をテーマに選んだのは、季節柄もありますが、前回のワークで緑や薄いブルーを多用した参加者が多かったということもあります。緑にもいろいろなトーンがあること、また植物の葉を通じていろいろな大きさや形、触感を感じていただければと思ったからです。
次は6月。おそらく梅雨入りしているでしょう
フォーカシング講座第3回 [講座・セミナー・ワークショップ]
アッという間にゴールデンウィークが過ぎ、気がつけばはや5月中旬。新緑まぶしい爽やかな季節、と思いきや、冬に逆戻りかと思うような肌寒い日があったりで、なかなか気候も定まりません。心身のバランスを崩しやすい時期でもありますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
さて、先週5/12(土)の午後、フォーカシング講座の第3回目を行いました。今回は、フォーカシングの基本的な技法であるクリアリング・スペースのほか、写真をもちいたフォトセッションを行いました。あらかじめ用意されたたくさんのグラビア写真の中から、気になるもの、心ひかれるもの、(場合によっては)抵抗を感じるものなど、何となく自分の心に触れるものを選び、それを手がかりに内面に光を当てていきます。
何となく選んだのに、現在の自分が直面している本質的な課題を反映していたり、苦しい苦しいと思っていたのが、プロセスが進むにつれて意識が転換し、光が見えてきたりすることもあります。無意識に選んだものを通じて自己洞察を深める、という点では、コラージュにも似た技法で、アートセラピーとの共通点も感じられ、私どもの活動にも大いに接点のある方法でした。
「身体をとおして心を聴く」フォーカシングは、参加者一人ひとりにそれぞれの発見をもたらしたようです。何となく気になることがある時、自分の身体はどんな状態か、身体のどの部分にどのような感覚があるか(モヤモヤ、ドキドキ、重くるしい感じ…など)、リスナー(セラピスト)のサポートを受けながら静かに見つめ、感じる。何かが浮かび上がってくると、それを改めて感じ、味わう。すぐには感じられないこともありますが、焦る必要はなく、感じられない自分に気づき、受けとめます。いわゆる問題解決的に掘り下げるのではなく、一旦その問題を距離を置く、間を取ることによって、その問題の見え方が変わったり、その問題と自分との関係性が変わったりします(クリアリング・スペース)。
なかなか言葉では表現しがたいプロセスであることも確かで、字面を読んだだけでは何のことやらサッパリ掴みどころがない…と感じる方も多いのではないかと思いますが(私もそうでした)、ひじょうに静かで柔らかなアプローチでありながら、確かな手応えのある技法だというのが、私自身体験してみての実感です。
3月から月1回のペースで実施してきた学習も、今回でひとまず一段落。個人的には少し寂しい気持ちもありますが、今回の学習と発見を新たな活動に活かしていきたいと思っています。
皆さまのニーズがあれば、ぜひ今後とも継続的に学ぶ機会をつくっていきたいと考えていますので、どうぞよろしく![[ひらめき]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/151.gif)
★第1回目、第2回目についてはコチラ
第1回目
第2回目
MKT
何となく選んだのに、現在の自分が直面している本質的な課題を反映していたり、苦しい苦しいと思っていたのが、プロセスが進むにつれて意識が転換し、光が見えてきたりすることもあります。無意識に選んだものを通じて自己洞察を深める、という点では、コラージュにも似た技法で、アートセラピーとの共通点も感じられ、私どもの活動にも大いに接点のある方法でした。
「身体をとおして心を聴く」フォーカシングは、参加者一人ひとりにそれぞれの発見をもたらしたようです。何となく気になることがある時、自分の身体はどんな状態か、身体のどの部分にどのような感覚があるか(モヤモヤ、ドキドキ、重くるしい感じ…など)、リスナー(セラピスト)のサポートを受けながら静かに見つめ、感じる。何かが浮かび上がってくると、それを改めて感じ、味わう。すぐには感じられないこともありますが、焦る必要はなく、感じられない自分に気づき、受けとめます。いわゆる問題解決的に掘り下げるのではなく、一旦その問題を距離を置く、間を取ることによって、その問題の見え方が変わったり、その問題と自分との関係性が変わったりします(クリアリング・スペース)。
なかなか言葉では表現しがたいプロセスであることも確かで、字面を読んだだけでは何のことやらサッパリ掴みどころがない…と感じる方も多いのではないかと思いますが(私もそうでした)、ひじょうに静かで柔らかなアプローチでありながら、確かな手応えのある技法だというのが、私自身体験してみての実感です。
3月から月1回のペースで実施してきた学習も、今回でひとまず一段落。個人的には少し寂しい気持ちもありますが、今回の学習と発見を新たな活動に活かしていきたいと思っています。
皆さまのニーズがあれば、ぜひ今後とも継続的に学ぶ機会をつくっていきたいと考えていますので、どうぞよろしく
★第1回目、第2回目についてはコチラ
MKT
草原の民に思いを馳せる―「契丹展」見学 [講師出講]
昨日5/9(水)、シニアCITYカレッジ・アドバンスコース(NPO法人シニア自然大学校主催)の美術講座にて、「草原の王朝 契丹展」のレクチャーと見学をしてきました。受講者は、いつもながら意欲的なシニア世代の方々約40名です。
契丹(きったん)とはあまり馴染みのない言葉だと思いますが、今から約千年前、現在のモンゴル草原を中心に強大な帝国を築いた遊牧民族(及びその国名)のこと。マルコ・ポーロの『東方見聞録』には「カタイ」と記され、英語のCathay(キャセイ)やロシア語のКитай(キタイ)など中国大陸を表わす言葉として、現代に伝わっています。韓国の大河ドラマにもしばしば登場します。(千秋太后など)
その契丹族の最盛期である10~11世紀の文物が一堂にそろっているのが今回の展覧会。貴族の墓や寺院跡から出土した豪華な品々が往時の繁栄を物語ります。かつて契丹国(遼)のあった地域は、今はほとんど草原に戻っているだけに、その落差がまた想像力をかきたてる点でもあり、栄枯盛衰の不思議を感じさせる所以でもあり…。
美術好き、歴史好きの多い受講者の皆さんのこと、あまり馴染みのないテーマだけに、ひとおおりのレクチャーを受けた後の自由鑑賞ではいっそう親しみが増したようで、互いに感想を語り合ったりしながら、めいめいのペースで味わっておられました。
美術の鑑賞は、見る楽しみが大きな部分を占めますが、「見る楽しみ」を増幅させるのが「知る楽しみ」です。知れば、より楽しく、面白く、味わい深くなります。一般に、美術について「知る」(知識をもつ)ことは、あたかも自由に「見る」楽しみを妨げるかのように考えられている節もありますが、これはむしろ逆で、「知ればますます面白くなる」のが美術です。実際、講座受講者の中には、旅先などで美術館に行っても、(作品の主題や背景について知らないので)よくわからなかった、もっと勉強していけばよかった、そうすればもっと楽しめたのに…という経験を話される方が少なくありません。似たような経験をもつ方は、意外と多いのではないでしょうか。
アートが内包する豊饒な世界を、一人でも多くの方に発見・体感していただければ、と願いながら毎年、この講師を務めさせていただいています。深謝。
契丹展公式サイト
6/10(日)まで大阪市立美術館で開催中![[ひらめき]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/151.gif)
小村みち
契丹(きったん)とはあまり馴染みのない言葉だと思いますが、今から約千年前、現在のモンゴル草原を中心に強大な帝国を築いた遊牧民族(及びその国名)のこと。マルコ・ポーロの『東方見聞録』には「カタイ」と記され、英語のCathay(キャセイ)やロシア語のКитай(キタイ)など中国大陸を表わす言葉として、現代に伝わっています。韓国の大河ドラマにもしばしば登場します。(千秋太后など)
その契丹族の最盛期である10~11世紀の文物が一堂にそろっているのが今回の展覧会。貴族の墓や寺院跡から出土した豪華な品々が往時の繁栄を物語ります。かつて契丹国(遼)のあった地域は、今はほとんど草原に戻っているだけに、その落差がまた想像力をかきたてる点でもあり、栄枯盛衰の不思議を感じさせる所以でもあり…。
美術好き、歴史好きの多い受講者の皆さんのこと、あまり馴染みのないテーマだけに、ひとおおりのレクチャーを受けた後の自由鑑賞ではいっそう親しみが増したようで、互いに感想を語り合ったりしながら、めいめいのペースで味わっておられました。
美術の鑑賞は、見る楽しみが大きな部分を占めますが、「見る楽しみ」を増幅させるのが「知る楽しみ」です。知れば、より楽しく、面白く、味わい深くなります。一般に、美術について「知る」(知識をもつ)ことは、あたかも自由に「見る」楽しみを妨げるかのように考えられている節もありますが、これはむしろ逆で、「知ればますます面白くなる」のが美術です。実際、講座受講者の中には、旅先などで美術館に行っても、(作品の主題や背景について知らないので)よくわからなかった、もっと勉強していけばよかった、そうすればもっと楽しめたのに…という経験を話される方が少なくありません。似たような経験をもつ方は、意外と多いのではないでしょうか。
アートが内包する豊饒な世界を、一人でも多くの方に発見・体感していただければ、と願いながら毎年、この講師を務めさせていただいています。深謝。
6/10(日)まで大阪市立美術館で開催中
小村みち
知的障がい者の方々とのアートワーク [活動いろいろ]
この4月から月1回、地域の障がい者施設でアート・ワークショップを行うことになり、4月26日、その第1回目がありました![[アート]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/62.gif)
20名弱の知的障がい者の方々が通って来られている通所施設で、すでに音楽セラピーや音楽レクリエーションは取り入れているそうですが、造形活動は初めてとのこと。通所者の方々の新たなポテンシャルを引き出す試みとして、またレクリエーションの一環として、トライアル実施することになりました。
初回は、参加者の方々と知り合うことに主眼を置き、皆さんがどんなことに関心を持っているか、表現に積極的か消極的かなどを把握するよう努めました。まず私たちスタッフが自己紹介をし、これからどんなことをするかを簡単に説明したあと、一人ひとりとコンタクトしていきました。
どのぐらい方が表現活動に興味をもってくださるか気がかりだったのですが、皆さん準備段階の時から「なんや、なんや?」という感じで興味津津のご様子、早々にクレヨンに手を伸ばしている方もおられて、まずはホッ
スタッフがシャボン玉を吹いて、いろいろな大きさの丸を楽しんでもらってから(吹きたい人には実際に吹いてもらってから)、描画に入ります。ポイントは、丸を描くことが目的ではなく、シャボン玉から受けた印象や感じた気持ちを表わすこと。形は丸でなくてもよいし、シャボン玉のようでなくても構いません。
1枚にじっくり時間をかける人、エネルギッシュに何枚も描く人、ストーリー性のある絵を描く人…さまざまです。中には大サイズの紙(四つ切画用紙)からはみ出さんばかりの勢いで描いていた方もいて、画用紙を二つ繋げて倍の大きさにしたものを渡すと、大好きな特急列車の絵を活き活きと描かれました。描くことに関心がなさそう方には、持参したコラージュ用モチーフを見てもらい、興味がありそうなものを選んでもらうワークを行いました。
障がい者とのアートワークは、私たちにとって初めての体験でしたが、施設職員の方々の多大のサポートもいただきながら、刺激的で、密度の濃い1時間を過ごすことができました。参加者の皆様、職員の皆様、ありがとうございました。来月はまた新しいテーマを用意していきます
どうぞお楽しみに
20名弱の知的障がい者の方々が通って来られている通所施設で、すでに音楽セラピーや音楽レクリエーションは取り入れているそうですが、造形活動は初めてとのこと。通所者の方々の新たなポテンシャルを引き出す試みとして、またレクリエーションの一環として、トライアル実施することになりました。
初回は、参加者の方々と知り合うことに主眼を置き、皆さんがどんなことに関心を持っているか、表現に積極的か消極的かなどを把握するよう努めました。まず私たちスタッフが自己紹介をし、これからどんなことをするかを簡単に説明したあと、一人ひとりとコンタクトしていきました。
1枚にじっくり時間をかける人、エネルギッシュに何枚も描く人、ストーリー性のある絵を描く人…さまざまです。中には大サイズの紙(四つ切画用紙)からはみ出さんばかりの勢いで描いていた方もいて、画用紙を二つ繋げて倍の大きさにしたものを渡すと、大好きな特急列車の絵を活き活きと描かれました。描くことに関心がなさそう方には、持参したコラージュ用モチーフを見てもらい、興味がありそうなものを選んでもらうワークを行いました。
障がい者とのアートワークは、私たちにとって初めての体験でしたが、施設職員の方々の多大のサポートもいただきながら、刺激的で、密度の濃い1時間を過ごすことができました。参加者の皆様、職員の皆様、ありがとうございました。来月はまた新しいテーマを用意していきます
第11回ライフスキル・アート研究会報告 [ライフスキル・アート研究会]
一昨日4/22(日)、定例のライフスキル・アート研究会を行いました。今年度から新メンバーも加わり、気分も新たにスタート。様々なバックグラウンドをもつメンバーが、「アート」を共通項に集まって自分の活動を発表・紹介しながら、いろいろな角度からアートの可能性を追求し、情報を交換し合っています![[アート]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/62.gif)
今回は新年度初回でしたので、少しゆっくり自己紹介をしたあと、子どものアートワークショップ作品について検討・意見交換、そして最後は恒例のコラージュ制作でリフレッシュ、と締めくくりました。
毎回、必ずコラージュ制作の時間を設けているのは、この技法が「絵(を描くの)が苦手」という人にも取り組みやすく、高い完成度が得られること、無意識にピックアップしたアイテムを切り貼りするだけなのですが、できた作品を通して自分で自分の内面に気づくことが多いからです。参加者自身のリフレッシュのために、ワークショップ・ファシリテーションのツールの一つとして、知っておくとたいへん重宝です。今回は初対面のメンバーも多かったので、コラージュを通じて、言葉による自己紹介だけでは得られない交流や相互理解も得られたのではないでしょうか![[ひらめき]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/151.gif)
次回は6/23(日)。お楽しみに
今回は新年度初回でしたので、少しゆっくり自己紹介をしたあと、子どものアートワークショップ作品について検討・意見交換、そして最後は恒例のコラージュ制作でリフレッシュ、と締めくくりました。
毎回、必ずコラージュ制作の時間を設けているのは、この技法が「絵(を描くの)が苦手」という人にも取り組みやすく、高い完成度が得られること、無意識にピックアップしたアイテムを切り貼りするだけなのですが、できた作品を通して自分で自分の内面に気づくことが多いからです。参加者自身のリフレッシュのために、ワークショップ・ファシリテーションのツールの一つとして、知っておくとたいへん重宝です。今回は初対面のメンバーも多かったので、コラージュを通じて、言葉による自己紹介だけでは得られない交流や相互理解も得られたのではないでしょうか次回は6/23(日)。お楽しみに
フォーカシング講座第2回目 [講座・セミナー・ワークショップ]
一昨日の4/14(土)、2回目のフォーカシング講座がありました![[いす]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/171.gif)
「今、ここ」の自分の体の感覚を通して、フォーカシングのコアである「フェルトセンス」にアプローチし、内面から浮かび上がってくる気づきやメッセージに耳を傾ける―非常に静かな方法でありながら、その過程でいろいろな身体感覚がわき起こり、自然にジェスチャーや動作も出てくるなど、静かな中にもダイナミズムを内包する技法だと思います。
今回は私自身がワークの中で、個人デモセッションを体験する機会を得たのですが、これが何とも不思議な、というか、意外な着地点に到達しました。現在抱えているややヘビーな(と思っている)問題を念頭に置いて、リスナー(=セラピスト)のガイドに沿いフェルトセンスにアプローチしていったのですが、その結果、「重い、重い」と思っていた問題が、それほど大したものには見えなかったのです。状況自体は何も変わりませんが、見え方が変わったというか、とらえ方が変わったというか、足場が変わったというか…うまく言葉で言えませんが、自分の中で、ある本質的な意識のシフトが、ごく静かに、自然に起こってしまったような感じです![[ー(長音記号2)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/166.gif)
そのシフトの内容が抜本的だった割には、内的プロセスそのものはあまりにアッサリしたものだったので、一時的なものだろうか…
と少しいぶかる気持ちもあったのですが、2日たった今もシフト後の意識状態は継続されており、心と体の状態に無理や食い違いがないので、やはりホンモノだなという感じです。研修やセミナー特有の高揚感の中でいささか強引に動機づけられものの、時間とともに元に戻ってしまう、という感じがありません。
私のこの経験・感触は私固有のものであり、すべての方がこのようなプロセスを体験されるわけではありません。また、今後このプロセスが自分の中でどう進んていくかは、これからの話ですが、「体を通して心を聴く」という方法に、素直に魅力を感じ始めています。
次回(最終回)は、5/12
またどんな体験が待っているか、今から1ヶ月後が楽しみにです。
MKT
「今、ここ」の自分の体の感覚を通して、フォーカシングのコアである「フェルトセンス」にアプローチし、内面から浮かび上がってくる気づきやメッセージに耳を傾ける―非常に静かな方法でありながら、その過程でいろいろな身体感覚がわき起こり、自然にジェスチャーや動作も出てくるなど、静かな中にもダイナミズムを内包する技法だと思います。
今回は私自身がワークの中で、個人デモセッションを体験する機会を得たのですが、これが何とも不思議な、というか、意外な着地点に到達しました。現在抱えているややヘビーな(と思っている)問題を念頭に置いて、リスナー(=セラピスト)のガイドに沿いフェルトセンスにアプローチしていったのですが、その結果、「重い、重い」と思っていた問題が、それほど大したものには見えなかったのです。状況自体は何も変わりませんが、見え方が変わったというか、とらえ方が変わったというか、足場が変わったというか…うまく言葉で言えませんが、自分の中で、ある本質的な意識のシフトが、ごく静かに、自然に起こってしまったような感じです
そのシフトの内容が抜本的だった割には、内的プロセスそのものはあまりにアッサリしたものだったので、一時的なものだろうか…
私のこの経験・感触は私固有のものであり、すべての方がこのようなプロセスを体験されるわけではありません。また、今後このプロセスが自分の中でどう進んていくかは、これからの話ですが、「体を通して心を聴く」という方法に、素直に魅力を感じ始めています。
次回(最終回)は、5/12
MKT
フォーカシング講座第1回目 [講座・セミナー・ワークショップ]
新年度になりましたね。
桜は満開
昨日の大阪城公園は、花見客で大賑わいでした。
あちこちで入学式も行われ、学校では新入生がまだなれない校舎をあちこち走り回っています![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
さて、前年度最終日の3/31(土)、フォーカシング講座第1回目を行いました。からだの感覚に意識を向けながら、まだはっきりとした言葉やイメージにならないモヤモヤ感や不安、心地の悪さといったものにアプローチしていきます。ゆっくりと、静かに、身体を通して心の声に耳を傾けるという感じで、問題そのものをダイレクトに解決しようというより、そのときの体の状態、身体感覚に焦点を当てていきます。
なかなか言葉で端的に説明するのがむずかしいのですが、体験してみると、そうか~と腑に落ちます。次回は4/14(土)です。どんな深化を見せるか、一参加者としても楽しみです。
MKT
桜は満開
あちこちで入学式も行われ、学校では新入生がまだなれない校舎をあちこち走り回っています
さて、前年度最終日の3/31(土)、フォーカシング講座第1回目を行いました。からだの感覚に意識を向けながら、まだはっきりとした言葉やイメージにならないモヤモヤ感や不安、心地の悪さといったものにアプローチしていきます。ゆっくりと、静かに、身体を通して心の声に耳を傾けるという感じで、問題そのものをダイレクトに解決しようというより、そのときの体の状態、身体感覚に焦点を当てていきます。
なかなか言葉で端的に説明するのがむずかしいのですが、体験してみると、そうか~と腑に落ちます。次回は4/14(土)です。どんな深化を見せるか、一参加者としても楽しみです。
MKT
フォーカシング講座ご案内 [参加者募集中]
めっきり春らしくなってきました。暖かな陽気に心なごむとともに、眠気やけだるさも覚え、また離合集散の季節特有のメランコリーを感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。さて、下記のとおり「フォーカシング講座」を開催します。
フォーカシングは、カール・ロジャースの共同研究者でもあったユージン・ジェンドリンによって開発された心理技法で、身体を通して心の内面に耳を傾け、未だ言葉やイメージにならない微かな感覚(フェルト・センス)にアプローチしていきます。
お問合せ・お申込みはライフスキル研究所まで。
E-mail info*lifeskill-npo.org
(上記アドレスの*の部分を@に変えてください。)
========================================
~からだの感覚を通して心の声を聴く~
★☆★フォーカシング講座★☆★
日時:2012年3/31、4/14、5/12(土)13~16時(全3回)
場所:池田コミュニティセンター
講師:柳本 節子さん
(The Focusing Institute認定フォーカシング・トレーナー)
参加費:一般15,000円、会員12,000円
■フォーカシング(Focusing)とは?
人は、気がかりなことや自分のまわりのさまざまな状況、体験していることを、まだイメージにも言葉にもならない段階から、微かな感覚として身体に感じています。この漠然とした、微かな身体の感覚(フェルト・センス)に、優しく静かに関わり、そこから開かれてくる内なる自己からのメッセージを聴くプロセスがフォーカシングです。
来談者中心療法のカール・ロジャーズの共同研究者でもあった、ユージン・ジェンドリンによって開発された心理療法です。
========================================
子どもべや作品展 [活動いろいろ]
学期末、年度末をひかえて、皆さま忙しい毎日をお過ごしでしょうか。
アートスペース子どもべやでは、今年1年の子どもたちの成果をお披露目すべく、作品展を行います。


幼稚園で開講している教室では、季節の行事などをテーマに取り組みました。


高学年の子は、年間をとおして「わたしの将来を考える」というテーマに挑戦。親に聞いたり、本を読んだり、ハローワークに行ったりして調べた「仕事」というテーマを今の自分なりに受けとめ、将来やってみたい仕事などを絵にしました。学齢期前の子どもの、丸から顔が現れ、やがて手足が出てきた作品も、表現の喜びにあふれています。


どうぞご覧ください![[るんるん]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/146.gif)
3/5(月)~3/30(金) 池田泉州銀行池田駅前支店にて
アートスペース子どもべやでは、今年1年の子どもたちの成果をお披露目すべく、作品展を行います。
幼稚園で開講している教室では、季節の行事などをテーマに取り組みました。
高学年の子は、年間をとおして「わたしの将来を考える」というテーマに挑戦。親に聞いたり、本を読んだり、ハローワークに行ったりして調べた「仕事」というテーマを今の自分なりに受けとめ、将来やってみたい仕事などを絵にしました。学齢期前の子どもの、丸から顔が現れ、やがて手足が出てきた作品も、表現の喜びにあふれています。
どうぞご覧ください
東西裸体事情―レクチャー&ワークショップ [講師出講]
昨日(2/22)、シニアCITYカレッジ(NPO法人シニア自然大学校主催)の美術講座に出講し、裸体表現をコアに西洋絵画と日本近代絵画を取り上げ、レクチャーとワークショップを行いました。毎度ながら受講者の皆さんは本当に熱心。子どもと若者は社会の宝だと思ってきましたが、元気なシニアも社会の宝だと、最近心から思うようになりました。今回は人数も約70名と多く、一層活気に満ちた4時間となり、私も大いに楽しませていただきました。
芸術としてのヌードを考える時、東西の身体観の違いが大きなポイントになります。なぜ西洋では人体表現とりわけヌードが発達し、日本(東洋)では発達しなかったのか。芸術と不道徳(猥褻)の境界、身体や裸体をめぐる東西の意識の違い、そして芸術としてのヌードという概念に出会った近代日本人の困惑と画家たちの奮闘努力。こうしたことに着目しながら、古今東西の裸体表現を見ていきました。



_1930-0b85f.gif)
後半のワークショップでは、オリジナル展覧会企画ということで、裸体表現を中心に選んだ30枚ほどのカードを使って、グループごとに好きなように分類・テーマ設定し、バーチャル展覧会を企画してもらいました。遊び感覚でワイワイ言いながら、各班各様の仮想ミュージアムができあがり、最後は互いに鑑賞しあい、コメントを言い合いました。




美術館で名作を前にした時は、ついかしこまってしまうものですが、ここでは自由に、遊び感覚で、巨匠の名作にツッコミを入れたりしながら楽しむことができます。皆さんが本当に楽しそうに、ああだ、こうだ、いや、ああでもない、こうでもない、と、活発に手と口を動かしながらカードを並べ替えたり、タイトルを考えている様子を見ていると、私も本当に楽しくなります。
アートで遊ぶこうした企画を定番化したいと考えています。自由に、率直に、フラットな感覚でアートに向き合い、親しんでいく、そんな機会を提供できればと思います。
小村みち
芸術としてのヌードを考える時、東西の身体観の違いが大きなポイントになります。なぜ西洋では人体表現とりわけヌードが発達し、日本(東洋)では発達しなかったのか。芸術と不道徳(猥褻)の境界、身体や裸体をめぐる東西の意識の違い、そして芸術としてのヌードという概念に出会った近代日本人の困惑と画家たちの奮闘努力。こうしたことに着目しながら、古今東西の裸体表現を見ていきました。



_1930-0b85f.gif)
後半のワークショップでは、オリジナル展覧会企画ということで、裸体表現を中心に選んだ30枚ほどのカードを使って、グループごとに好きなように分類・テーマ設定し、バーチャル展覧会を企画してもらいました。遊び感覚でワイワイ言いながら、各班各様の仮想ミュージアムができあがり、最後は互いに鑑賞しあい、コメントを言い合いました。




美術館で名作を前にした時は、ついかしこまってしまうものですが、ここでは自由に、遊び感覚で、巨匠の名作にツッコミを入れたりしながら楽しむことができます。皆さんが本当に楽しそうに、ああだ、こうだ、いや、ああでもない、こうでもない、と、活発に手と口を動かしながらカードを並べ替えたり、タイトルを考えている様子を見ていると、私も本当に楽しくなります。
アートで遊ぶこうした企画を定番化したいと考えています。自由に、率直に、フラットな感覚でアートに向き合い、親しんでいく、そんな機会を提供できればと思います。
小村みち
前の10件 | -









